伝説・昔ばなし

更新日:2017年02月28日

王寺町の長い歴史のなかでいろいろな伝説・昔ばなしが語り継がれています。
そんな珠玉の物語をご紹介します。

町内に残る伝説

あしたの原

片岡山の南側のすそ野、芦田池周辺の一帯は、昔から葦田といわれており、かつては一帯に葦が繁茂していたため葦田原とも呼ばれていました。それが葦田の原と歌に詠まれる歌名所となったのです。歌聖・柿本人麿も、「明日からは若菜つまむと片岡のあしたの原はけふぞやくめる」と歌っています。

弁慶の7つの石

畠田の東端にあたる香滝に1個あり、香芝市平野に6個あります。これらは弁慶に追いつこうとして飛んできた石、あるいは弁慶が投げた石のひとつが香滝へ来たのだといわれています。 

送迎(ひるめ)

聖徳太子が河内から法隆寺へ通われた時、畠田の永福寺あたりまで両方から送り迎えしたので送迎と呼ばれています。送迎と書いて「ひるめ」と読むのは、ここで昼飯の時間になったので、「ひるめし」が「ひるめ」になったという説もあります。 

雪丸

聖徳太子にまつわる伝説は数多くありますが、太子が飼われていた愛犬・雪丸についても言い伝えが残っています。それは毎年1月1日に、達磨寺の裏にある雪丸の像が鳴いた年は豊年豊作になるというもの。
こんな不思議な話が現在まで伝えられているということから、太子信仰の根強さがうかがえます。 

法隆寺まで続く穴

達磨寺の裏にひとつの洞窟があります。中にはいると3メートルほど進めますが、そこから奥へは進めません。しかし、かつてはこの穴が約4キロメートルほど東北にある法隆寺まで続いていたといわれ、聖徳太子がこの地下道を往復されたと伝えられています。 

ナモデ踊り

灌漑用水に乏しくヒデリに苦しんだ土地だけに雨乞いにも様々な方法がありました。ナモデ踊りもその一つで、何をやっても雨が降らない時に一昼夜通して行われた雨乞い。ナモデの願をかけたら24時間以内に必ず雨が降ったといわれています。

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